考えすぎてしまうとき:オーバーシンキングを理解する
「あんなこと言わなければよかったかな」
「もし何かうまくいかなかったら?」
「別のやり方のほうがよかったのかもしれない」
こんなふうに考えたことは、きっと誰にでもあるのではないでしょうか。考えることは役に立ちます。問題を解決したり、先のことを準備したり、つらかった出来事を整理したりするのに欠かせません。
けれども、ときに思考が邪魔したりすることもあります。同じ会話を何度も頭の中で再生したり、別の展開を思い描いたり、そもそも存在しないかもしれない確実さを探し続けたり。こうした状態が、一般にオーバーシンキング(考えすぎ)と呼ばれるものです。
オーバーシンキングとは?
「オーバーシンキング」は、臨床上の診断名ではありません。繰り返し考えてしまい、なかなか止められない状態を指す、日常的な言葉です。たとえば
過去の会話や決断を、何度も振り返ってしまう
これから起こるかもしれないことを心配し続ける
最悪のケースを次々と思い浮かべる
「本当にこれでよかったのか」と自分の選択を疑ってしまう
安心を求めるのに、どうしても心から安心しきれない
こうした思考のすべてが悪いわけではなく、役立つ事もあります。計画を立てることも、問題を解決しようとすることも、日々の暮らしの一部だからです。つらくなり始めるのは、考えがぐるぐる回るだけで、新しい決断にも、行動にもつながらなくなったときです。
考えが堂々巡りになるとき
多くの人にとって、オーバーシンキングと不安は切っても切れない関係にあります。不安を感じやすい心は、起こりうる悪いことを先回りして考えようとします。あらゆる可能性を考え尽くすと、ほんの一時的に「コントロールできている」という感覚が得られることもあります。
でも、不確実さを完全になくすことはできません。考えることで確実さを手に入れようとするほど、心は新しい可能性を次々と生み出してしまいます。
「もし…だったら?」→「でも、もし…だったら?」→「何か見落としているかも…」
そのうち、考えること自体が苦しさの原因になっていきます。
だからといって、不安障害があるとは限りません。不安は、不確実さや変化、脅威を感じたときに起こる、ごく自然な反応です。ただ、心配が長く続く、自分では抑えにくい、強い苦痛を感じる、日常生活に支障が出ているといった場合は、専門家と一緒に丁寧に見ていく価値があります。
なぜ考えすぎから抜け出せなくなるのか
理由はひとつではありません。ある人にとっては、心配することが「準備」の役割を果たしています。別の人では、完璧主義、失敗への恐れ、不確かさに耐えることの難しさ、人をがっかりさせたくないという強い思いが関わっている場合もあります。
トラウマインフォームドの視点では、もうひとつ問いが加わります。「常に先回りして問題を予測することが、かつて自分を守ってくれていたのではないか?」という問いです。ある環境では、周囲の人の反応や次に起こることに敏感でいることが、実際に安心につながっていたのかもしれません。
だからといって、オーバーシンキングが必ずトラウマから来ているという意味ではありません。そのパターンにはなんらかの目的があるかもしれず、なくそうとする前にその目的を理解することが大切だ、ということです。
パーソンセンタードな視点から
カウンセリングでは、「どうすれば考えすぎをやめられる?」と問いかけるだけでなく、こんな問いにも目を向けます。
「私の心は、何から私を守ろうとしているのだろう?」
それは、拒絶されることかもしれませんし、失敗や、人間関係を失うこと、あるいは単に「わからない」状態への怖さかもしれません。考えることが何のためにあるのかが見えてくると、これまでとは違う向き合い方ができる余地が生まれます。
目標は、気にかけることや、計画を立てること、じっくり考えることをやめることではありません。もう少ししなやかになること、つまり、考えることが役に立っているときと、自分を縛りつけているときに気づけるようになることです。
どんなときに専門家の支えを求めるとよいか?
ときどき考えすぎてしまうのは、人間として自然なことです。ただ、繰り返す心配に多くの時間を取られていたり、睡眠や集中力に影響が出ている、人間関係に負担がかかっている、いつも気が張りつめているといった場合は、専門家への相談を考えるサインです。
認知行動療法(CBT)やアクセプタンス&コミットメント・セラピー(ACT)は、研究によって裏づけられたアプローチです。自分の思考との関わり方を変え、不確実さに対して違った反応ができるようになる助けになります。
先に起こりうる問題をすべて解決しておく必要はありません。前に進むための最初の一歩は、ただ気づくことかもしれません。

