ふたつの文化のあいだで
海外生活における文化的アイデンティティと「自分の居場所」
海外で暮らしていると、ふと自分が以前とは違う人間になったように感じることはありませんか?
カナダでは以前より自分の意見を伝えられるようになった。でも、日本に帰ると、昔からの友人との会話にどこか距離を感じる。日本の習慣が懐かしい一方で、今の自分には少し窮屈に感じることもある。
どちらの国にも大切なものがあるのに、どちらにいても、完全には自分の居場所を感じられない。
こうした感覚は、海外で生活する中で経験することのある、文化的なアイデンティティの変化と関係しているかもしれません。
海外で暮らすと、自分自身も少しずつ変わっていく
私たちの価値観や考え方、コミュニケーションの方法は、育ってきた文化や周囲の人間関係から影響を受けています。
新しい文化の中で生活を始めると、これまで当たり前だったことが当たり前ではなくなります。意見の伝え方、人との距離感、子育ての考え方、仕事に対する姿勢など、日常のさまざまな場面で違いに気づくようになります。
その過程で、以前の自分にはなかった考え方を取り入れたり、自分が大切にしてきた価値観を改めて見つめ直したりすることがあります。
文化的アイデンティティは、固定されたものではありません。異なる文化との関わりを通して、少しずつ変化し、形づくられていくものです(Ward & Szabó, 2023)。
つまり、海外生活を通して自分が変わっていくことは、必ずしも自分らしさを失うことではありません。
「どちらかを選ばなければいけない」というプレッシャー
海外生活では、知らないうちに「現地の文化に合わせなければ」「日本人らしさを忘れてはいけない」と、相反する期待を感じることがあります。
例えば、現地の人との関係を築くために自分の意見を積極的に伝えようとする一方で、日本の家族や友人との関係では、以前のような気遣いや遠慮を大切にしたいと思うこともあるでしょう。
どちらも自分にとって自然な一面なのに、その違いに戸惑い、「本当の自分はどちらなのだろう」と考えてしまうこともあります。
文化適応(acculturation)に関する研究では、Berryのモデルをもとに、異なる文化との関わり方を4つのパターンで説明しています。
Integration(統合):自分の文化的背景を大切にしながら、新しい文化にも関わっていく。
Assimilation(同化):自分の文化的背景よりも、新しい文化への適応を重視する。
Separation(分離):自分の文化的背景を維持し、新しい文化との関わりを限定する。
Marginalisation(周縁化):自分の文化的背景にも、新しい文化にも、十分なつながりを感じにくい状態。
Choy et al. (2021) のシステマティックレビューでは、周縁化はあまり良くないメンタルヘルスの結果と関連し、統合は比較的良好なメンタルヘルスの
結果と関連していました。
ただし、これは誰もが同じ方法で文化に適応するべきだという意味ではありません。文化との関わり方は、本人の希望だけでなく、周囲の受け入れ方や社会的な環境にも左右されます。
文化適応は、本人の努力だけでは解決できない
海外生活で感じるストレスは、考え方を変えたり、現地の文化に慣れたりするだけで解決できるものではありません。
例えば、現地の言葉を十分に使えないことで、人との交流や仕事の機会が限られることがあります。自分の学歴や職業経験が現地で評価されにくかったり、経済的な不安を抱えたりすることもあります。
Choy et al. (2021) は、教育やスキル、受け入れ先の国の言語能力、経済的な困難が、文化適応ストレスやメンタルヘルスに関係する要因として挙げています。
つまり、海外生活で感じる孤独や疎外感を、本人の努力不足として捉える必要はありません。
自分がどれだけ努力しているかだけでなく、安心して人とつながれる環境があるか、自分の経験や能力を活かせる機会があるかという視点も大切です。
自分の中にある、異なる文化の一面を認める
カウンセリングでは、「本当の自分はどちらなのか」という問いに、ひとつの答えを出すことだけを目指すわけではありません。
むしろ、これまで大切にしてきた価値観も、新しい環境で身につけた考え方も、どちらも自分の一部として理解していくことができます。
例えば、こんな問いを自分に向けてみるのもよいでしょう。
日本で育った経験の中で、今も大切にしているものは何だろう?
海外生活を通して、新しく身についた考え方や価値観は何だろう?
どんな場面で、自分らしくいられると感じるだろう?
誰かに合わせるために、自分の一部を無理に抑えていないだろうか?
大切なのは、どちらの文化が正しいかを決めることではありません。自分にとって何が心地よく、何を大切にして生きていきたいのかを、少しずつ理解していくことです。
ふたつの場所に、居場所があってもいい
海外で暮らすことは、単に住む場所が変わるということだけではありません。人との関係や価値観、そして自分自身の捉え方にも変化が生まれる経験です。
以前の自分に戻る必要も、新しい文化に完全に溶け込む必要もありません。
日本で育った自分も、海外生活を通して変わってきた自分も、どちらも大切な自分の一部です。
変わっていくことは、過去の自分を置き去りにすることではありません。
ふたつの文化のあいだで揺れ動くときこそ、自分が何を大切にしているのかを見つめ直す機会になるのかもしれません。
References
Choy, B., Arunachalam, K., Gupta, S., Taylor, M., & Lee, A. (2021). Systematic review: Acculturation strategies and their impact on the mental health of migrant populations. Public Health in Practice, 2, 100069. https://doi.org/10.1016/j.puhip.2020.100069
Ward, C., & Szabó, Á. (2023). Acculturation, cultural identity and well-being. Nature Reviews Psychology, 2, 267–282. https://doi.org/10.1038/s44159-023-00171-2
失敗が「自分そのもの」の問題に感じられるとき:自己肯定感
「ミスしてしまった。やっぱり私はダメなのかもしれない」
「どうして他の人はみんな、私よりうまくやれているんだろう」
「精一杯やったとわかっているのに、それでも失敗した気がしてしまう」
誰にでも、自分を疑ってしまう瞬間はあります。ミスをしたとき、批判されたとき、断られたとき、思うような結果が出なかったとき。そんな出来事は、自分をどう感じるかに影響することがあります。
ただ人によっては、たった一度のつまずきが、出来事そのものよりずっと重くのしかかってきます。「自分には能力がない」「価値がない」「ダメな人間だ」という証拠のように見えてしまうのです。
自己肯定感について知ることは、なぜこうした場面がそこまでこたえるのかを理解する助けになります。
自己肯定感とは?
自己肯定感とは、自分をどう評価し、どう感じているかということです。困難、人間関係、フィードバック、ミスにどう向き合うかに影響します。
健全な自己肯定感があるというのは、いつも自信満々でいることや、何でも得意なことではありません。自分の強みも限界も見つめながら、ひとつの経験で自分全体を決めつけない、ということです。
自己肯定感が揺らぎやすいときは、自分の価値が、成果、見た目、人からの承認、周りの意見と強く結びつきやすくなります。すると、ミスをしたときの受け止め方が「やり方を間違えた」から「私に何か問題がある」へと変わってしまいます。
研究では、自己肯定感とセルフコンパッション(自分への思いやり)の両方が、心理的なウェルビーイングの高さや、心理的な問題の少なさと関連していると報告されています(Muris & Otgaar, 2023)。これは自分をどう評価するかだけでなく、うまくいかないときに自分をどう扱うかも大切だということを示しています。
自分の価値が「成果」に左右されるとき
成功してもほっとするのは一瞬だけで、満足感が続かない人がいます。うまくできたとき、認められたとき、期待に応えられたときは自分を肯定できても、ミスをした途端に自信が一気に落ち込んでしまうのです。
こうして、ひとつの循環ができることがあります。
成果 → 一時的な自信 → 失敗への恐れ → 自己批判
続いていくうちに、ミスは学びの機会ではなく何としても避けたいものになっていきます。
このパターンは、完璧主義、考えすぎ、不安と重なることがよくあります。たとえば、人にどう思われるかが怖い人は、会話を何度も頭の中で振り返ったり、自分の判断を疑ったり、他の人と比べたりしがちです。
成功したいと思うことが問題なのではありません。つらくなるのは、成功することが「自分に価値があると感じるための条件」になってしまったときです。
このパターンは、どこから来るの?
自己肯定感は、いろいろな要素が重なり合って育ちます。これまでの経験、人間関係、生まれ持った気質、社会や文化の影響などです。
くり返し批判されること、成果を出したときだけ認められること、いじめ、拒絶される経験、高い期待に応えなければというプレッシャーなどは、自分についての否定的な思い込みにつながることがあります。他人と比べ続けることで、「自分は遅れている」「周りより劣っている」という感覚が強まることもあります。
ただ、これだと言い切れる単一の原因はありません。似た経験をしても人によって受ける影響は違いますし、自己肯定感に悩んでいるからといって、トラウマがあるとは限りません。
パーソンセンタードアプローチでは好奇心を持って、こうしたパターンに目を向けます。「どうすればもっと自信が持てる?」とだけ問うのではなく、こんなことを考えてみるのもよいかもしれません。
私にとって、失敗とはどんな意味を持っている?
誰の承認が、私にとっていちばん大きい?それはなぜ?
大切な人が同じことをしても、私は同じくらい厳しく責める?
自分のパフォーマンスにがっかりしているときでも、自分の価値を感じられる?
こうした問いは、自己評価の背後にある思い込みを見えるようにしてくれます。
自分との関係を、少しずつ変えていく
目標はいつも自信がある状態になることでも、自分への疑いをなくすことでもありません。自信は、不確かなときや変化のときには上がったり下がったりするものです。目指せるのは、自分に対してもっと柔軟で思いやりのある関係を築いていくことです。
セルフコンパッションはミスを軽く流すことでも、責任を避けることでもありません。つらかったことを認めながら、それを「自分という人間の判決」にしない、ということです。ミスをしたと認め、責任をとり、そこから学びながら、それでも「私は失敗作だ」と結論づけずにいることはできます。
自分への批判や否定的な思い込みが、強い苦しさを生んだり、日常生活の妨げになったりし続けているなら、カウンセリングが助けになるかもしれません。エビデンスに基づくアプローチは、役に立たない思い込みを見つめ直し、くり返すパターンを理解し、自分をもっとバランスよく見られるようになることを支えます。
価値を、成果で稼ぎ続ける必要はありません。
自分のしたことにがっかりしても、自分という人間にがっかりする必要はありません。
SOEL Counselling & Wellnessでのサポート
SOEL Counselling & Wellnessでは、カウンセリングを通して、自分をどう見ているのかを探り、その見方を形づくってきた経験を理解し、自分にもっとやさしい関係を築いていくための場をご用意しています。
カウンセリングが自分に合うか迷っている方は、20分の無料コンサルテーションをご利用ください。個人カウンセリングは、カナダにお住まいの方を対象に、日本語・英語で承っています。
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この記事は一般的な情報提供を目的としたもので、専門家による助言・診断・治療に代わるものではありません。緊急の場合は、お住まいの地域の緊急サービスや相談窓口にご連絡ください。
参考文献
Muris, P., & Otgaar, H. (2023). Self-esteem and self-compassion: A narrative review and meta-analysis on their links to psychological problems and well-being. Psychology Research and Behavior Management, 16, 2961–2975. https://doi.org/10.2147/PRBM.S402455
Not good enough:完璧主義
「もっとちゃんとできたはずなのに」
「失敗したらどうしよう」
「うまくいったけれど、まだやれたんじゃないかと思ってしまう」
こんな声が、頭の中に響くことはありませんか?
物事を上手くこなしたい、結果を残したい、と思う気持ちは、悪いものではありません。学んだり、大切なことに向かって進んだりする力になってくれます。でも、何をしても「まだ十分じゃない、満足じゃない」と感じてしまうと、うまくいったときでさえ、プレッシャーに変わってしまうことがあります。
思い当たる方は、もしかしたら完璧主義かもしれません。特に、自分の価値が「成果を出すこと」「ミスをしないこと」「周りの期待に応えること」と強く結びついているときは、そうなりやすいと言われています。
「高い基準」と「完璧主義」の違い
きちんとしている、責任感がある、向上心がある。それだけでは、完璧主義とは言えません。違いが出やすいのは、思い通りにいかなかったときの、自分への接し方です。
高い基準を持ちながらも柔軟で、自分のできたことをちゃんと認められる人もいます。一方で、いつも自分に厳しく、失敗を恐れ、どれだけ頑張っても「まだ足りない」と感じ続けてしまう人もいます。
研究者は、この2つを別のものとして捉えています。「高い目標を目指すこと」と、「失敗やミス、人からの評価を心配すること」です。416件の研究、成人113,118人分を統合したメタ分析では、不安・うつ・強迫症状と強く関連していたのは、「高い目標を目指す側」よりも「評価を心配する側」でした(Callaghan et al., 2024)。
つまり、うまくやりたいと思うこと自体が問題なのではありません。自分の価値が非常に高い基準を満たせるかどうかになっていて、代償を払ってでも追い続けてしまうとき、それが苦しさにつながります(Shafran et al., 2002)。
完璧主義は、どこから来るの?
原因は、ひとつではないことがほとんどです。生まれ持った気質、これまでの経験、自分に期待するよう教えられてきたこと、育った文化など、いろいろなものが関わっています。
たとえば、小さい頃に「よくできると認めてもらえる」=「安心できる」と学んだ人もいるかもしれません。あるいは、批判されたり、誰かをがっかりさせたりすることがとてもつらくて、ミスを避けるのが上手になった人もいるかもしれません。
アドラー心理学では、家族の中での役割に目を向けることがあります。たとえば、あなたが長子だったとします。責任感を持つこと、お手本になること、下の弟妹の面倒を見ることを期待されてきたかもしれません。「ちゃんとしなさい」「あなたはしっかりしないと」といった言葉を何度も聞いて育つと、「ミスは許されない」「自分のことは後回しにするもの」と思うようになることがあります。
ただし、生まれ順がその人の性格を決めるわけではありませんし、完璧主義の原因になるわけでもありません。 長子でもそうしたプレッシャーを感じなかった人はたくさんいますし、完璧主義はどの生まれ順の人にも見られます。大切なのは、あなた自身が家族の中での立場や関係をどう体験してきたかです。
トラウマインフォームドな視点
私は、完璧主義を「直すべき悪い癖」とは捉えていません。それよりも、「それはあなたのために、何をしてくれているのだろう?」と考えるほうが役に立つと思っています。
批判から自分を守っているのかもしれません。人間関係を良好に保つためかもしれませんし、少しでもコントロールできている感覚を持つためかもしれません。あるいは、誰かをがっかりさせないためかもしれません。
こうしたパターンは、必ずしもトラウマから来ているわけではありません。ただ、その背景にある物語を理解できると、判断ではなく好奇心を持って向き合いやすくなります。
カウンセリングでは、たとえばこんな問いについて話してみることがあります。
あなたにとって、ミスをすることはどんな意味を持っていますか?
完璧でなかったら、何が起こると心配ですか?
誰の期待に応えようとしていますか?
思うようにいかないときでも、自分の価値を感じられますか?
ゴールは、向上心をなくすことでも、すべての基準を下げることでもありません。成果やミスと自分の事をどう見るかとの結びつきをゆるめていくことです。
生活の妨げになり始めたとき
完璧主義は、心と体をすり減らすことがあります。ずっと続くストレス、先延ばし、決断のしづらさ、人間関係の緊張、何をしても満足できない感覚などが見られることもあります。
間違えるのが怖くて、なかなか取りかかれない人もいます。働きすぎてしまったり、何度も確認し直したり、「もっとやらなきゃ」と思って休めなかったりする人もいます。
強い苦しさがあったり、日常生活がつらくなったりしている場合は、誰かに話してみることが助けになります。認知行動療法(CBT)のようなエビデンスに基づくアプローチは、思い込みを見つめ直し、自分への厳しい批判をやわらげ、ミスや不確かさに対してもっと柔軟に対応できるようになる手助けをします。
よくやりたいと思いながらも、完璧でなくていい。そんなふうにいることはできます。
だから、問うべきは「どうすればもっと全部うまくできる?」ではなく
「期待にすべて応えられなくても、それも人間らしくいていいと、自分に許せるだろうか?」
SOEL Counselling & Wellnessでのサポート
SOEL Counselling & Wellnessでは、こうしたパターンを一緒に見つめ、その思考や癖がどこから来たのかを理解し、自分ともっとやさしい関係を築いていくための場をご用意しています。
カウンセリングが自分に合うか迷っている方は、20分の無料コンサルテーションをご利用ください。個人カウンセリングは、カナダにお住まいの方を対象に、日本語・英語で承っています。
この記事は一般的な情報提供を目的としたもので、専門家による助言・診断・治療に代わるものではありません。緊急の場合は、お住まいの地域の緊急サービスや相談窓口にご連絡ください。
参考文献
Callaghan, T., Greene, D., Shafran, R., Lunn, J., & Egan, S. J. (2024). The relationships between perfectionism and symptoms of depression, anxiety and obsessive-compulsive disorder in adults: A systematic review and meta-analysis. Cognitive Behaviour Therapy, 53(2), 121–132. https://doi.org/10.1080/16506073.2023.2277121
Shafran, R., Cooper, Z., & Fairburn, C. G. (2002). Clinical perfectionism: A cognitive-behavioural analysis. Behaviour Research and Therapy, 40(7), 773–791. https://doi.org/10.1016/S0005-7967(01)00059-6
考えすぎてしまうとき:オーバーシンキングを理解する
「あんなこと言わなければよかったかな」
「もし何かうまくいかなかったら?」
「別のやり方のほうがよかったのかもしれない」
こんなふうに考えたことは、きっと誰にでもあるのではないでしょうか。考えることは役に立ちます。問題を解決したり、先のことを準備したり、つらかった出来事を整理したりするのに欠かせません。
けれども、ときに思考が邪魔したりすることもあります。同じ会話を何度も頭の中で再生したり、別の展開を思い描いたり、そもそも存在しないかもしれない確実さを探し続けたり。こうした状態が、一般にオーバーシンキング(考えすぎ)と呼ばれるものです。
オーバーシンキングとは?
「オーバーシンキング」は、臨床上の診断名ではありません。繰り返し考えてしまい、なかなか止められない状態を指す、日常的な言葉です。たとえば
過去の会話や決断を、何度も振り返ってしまう
これから起こるかもしれないことを心配し続ける
最悪のケースを次々と思い浮かべる
「本当にこれでよかったのか」と自分の選択を疑ってしまう
安心を求めるのに、どうしても心から安心しきれない
こうした思考のすべてが悪いわけではなく、役立つ事もあります。計画を立てることも、問題を解決しようとすることも、日々の暮らしの一部だからです。つらくなり始めるのは、考えがぐるぐる回るだけで、新しい決断にも、行動にもつながらなくなったときです。
考えが堂々巡りになるとき
多くの人にとって、オーバーシンキングと不安は切っても切れない関係にあります。不安を感じやすい心は、起こりうる悪いことを先回りして考えようとします。あらゆる可能性を考え尽くすと、ほんの一時的に「コントロールできている」という感覚が得られることもあります。
でも、不確実さを完全になくすことはできません。考えることで確実さを手に入れようとするほど、心は新しい可能性を次々と生み出してしまいます。
「もし…だったら?」→「でも、もし…だったら?」→「何か見落としているかも…」
そのうち、考えること自体が苦しさの原因になっていきます。
だからといって、不安障害があるとは限りません。不安は、不確実さや変化、脅威を感じたときに起こる、ごく自然な反応です。ただ、心配が長く続く、自分では抑えにくい、強い苦痛を感じる、日常生活に支障が出ているといった場合は、専門家と一緒に丁寧に見ていく価値があります。
なぜ考えすぎから抜け出せなくなるのか
理由はひとつではありません。ある人にとっては、心配することが「準備」の役割を果たしています。別の人では、完璧主義、失敗への恐れ、不確かさに耐えることの難しさ、人をがっかりさせたくないという強い思いが関わっている場合もあります。
トラウマインフォームドの視点では、もうひとつ問いが加わります。「常に先回りして問題を予測することが、かつて自分を守ってくれていたのではないか?」という問いです。ある環境では、周囲の人の反応や次に起こることに敏感でいることが、実際に安心につながっていたのかもしれません。
だからといって、オーバーシンキングが必ずトラウマから来ているという意味ではありません。そのパターンにはなんらかの目的があるかもしれず、なくそうとする前にその目的を理解することが大切だ、ということです。
パーソンセンタードな視点から
カウンセリングでは、「どうすれば考えすぎをやめられる?」と問いかけるだけでなく、こんな問いにも目を向けます。
「私の心は、何から私を守ろうとしているのだろう?」
それは、拒絶されることかもしれませんし、失敗や、人間関係を失うこと、あるいは単に「わからない」状態への怖さかもしれません。考えることが何のためにあるのかが見えてくると、これまでとは違う向き合い方ができる余地が生まれます。
目標は、気にかけることや、計画を立てること、じっくり考えることをやめることではありません。もう少ししなやかになること、つまり、考えることが役に立っているときと、自分を縛りつけているときに気づけるようになることです。
どんなときに専門家の支えを求めるとよいか?
ときどき考えすぎてしまうのは、人間として自然なことです。ただ、繰り返す心配に多くの時間を取られていたり、睡眠や集中力に影響が出ている、人間関係に負担がかかっている、いつも気が張りつめているといった場合は、専門家への相談を考えるサインです。
認知行動療法(CBT)やアクセプタンス&コミットメント・セラピー(ACT)は、研究によって裏づけられたアプローチです。自分の思考との関わり方を変え、不確実さに対して違った反応ができるようになる助けになります。
先に起こりうる問題をすべて解決しておく必要はありません。前に進むための最初の一歩は、ただ気づくことかもしれません。
新学期の不安がふとした瞬間に顔を出す理由
始業式はもう終わった。それなのに、多くの家庭にとって、不安が本当に顔を出すのはこれからだったりします。
教室にはもう慣れたはず。リズムも戻ってきている。それなのに、なぜ9月よりも今のほうがしんどいのでしょうか。
お子さんがいつもよりイライラしている。寝つけずにいる。自分でも認めたくないほど、心配ごとが増えている。これは、何かがおかしいというサインではありません。新学期は本当の意味での「変化」であり、変化には、たとえ悪いことが何も起きていなくても不確かさがついてきます。不安は都合よくは現れてくれません。生活が落ち着いてきた頃に、ようやく気づけるほどの余裕ができて、そこで初めて表に出てくることもあるのです。
なぜ新学期がこれを引き起こすのか
不安は「恐怖」として語られがちですが、その根っこにあるのは「不確かさ」です。うまくやっていけるだろうか。ついていけるだろうか。失敗したらどうしよう。
子どもや思春期の子は、こうした問いを言葉にできないことが多く、だから不安はイライラ・登校しぶり・お腹の痛み・寝つきの悪さといった形で横から出てきます。
大人も例外ではありません。新学期は、スケジュールの組み直し、子どもの活動の管理、新しい期待への適応を意味します。それでいて自分自身のニーズも、どこかに保っておかなければならない。「学校のストレス」に見えるものは、実はいくつもの変化が一度に重なっているだけ、ということがよくあります。
不安があること自体は、不安症とは違います
適度な不安には意味があります。注意力を高め、大切なことに意識を向けさせてくれる。問うべきは「不安を感じているか」ではなく、「その不安が今の生活の中でどう働いているか」です。何かへの備えになっているでしょうか。それとも、眠りや人間関係、日常生活に食い込み始めているでしょうか。
カウンセリングの目的は、不快な感情をすべて消すことではありません。時には、不安との付き合い方そのものを変えていくことです。
慣れていた日常が、いったんなくなる
日々のルーティンは、この先を予測できる感覚を与えてくれます。夏はその構造が緩み、学校が始まると一気に戻ってくる。心地よく感じる人もいれば、要求ばかり増えたと感じる人もいます。神経系は、そのつど追いつこうとします。
これまでうまくいっていた対処法が、急に効かなくなったように感じることがあります。それは後れを取っているのではなく、まだ慣れている途中なだけです。
「ちゃんとやらなきゃ」というプレッシャー
不安は、要求そのものより「それが自分にとって何を意味するか」によって強まります。「良い成績を取りたい」が、「取れなければ自分には価値がない」に変わっていく。「子どもにうまくやってほしい」が、「つまずいているのは自分のせいだ」に変わっていく。
完璧主義が不安と結びつきやすいのは、まさにこのためです。「心配しすぎないで」と伝えるより、このパターンに気づくほうが、はるかに助けになります。
トラウマインフォームド、そして person-centered な視点
不安はすぐに判断したり抑え込んだりするものではなく、興味を持って向き合うものです。今の環境が安全でも、以前の辛い経験を新しい状況が呼び起こすことがあります。
そして不安の現れ方は、一人ひとり違います。ある子には学業のプレッシャーが、別の子には人間関係が、また別の子には分離やアイデンティティ、居場所のなさが中心にあるかもしれません。「どうすれば消せるか」だけでなく、「この不安は、この人にとって何が大切かを教えてくれているのか」を問うことができます。多くの場合、それはつながりや安全、選べる感覚への必要を指しています。
何が役立つのか
CBT、ACT、エクスポージャー、マインドフルネスなど、エビデンスに基づいたアプローチはいくつもあります。どれが合うかは、その人の年齢や経験、ニーズによって変わります。目指すのは「落ち着かせ方を教える」ことではなく、自分の不安を理解し、それとの向き合い方に柔軟性を持ちながら、大切なことに関わり続けられるようになることです。
専門的なサポートを考えるタイミング
移行期に不安を感じるのは自然なことです。ただ、それが続く、あるいは日常生活に支障をきたし始めているときは、注意が必要です。眠れない状態が続く、登校を避け続ける、何度も安心を求める、集中できない、友人関係から距離を置く、慣れる時期を過ぎても心配が続く——こうしたサインがあるからといって、すぐに不安症とは限りません。ただ、もう少し丁寧に見てみる価値はあります。
「もう慣れているはず」でなくていい
新学期には「そろそろ慣れているはず」という見えないプレッシャーがついてきます。でも適応にカレンダー通りのペースはありません。もっと時間がかかる人もいれば、もっとサポートが必要な人もいる。「ただの学校のストレス」だと思っていたものが、実は居場所や自己価値に関わる、もっと深い心配だったと気づくこともあります。
不安は時に、大切な何かが変わったことを教えてくれているだけかもしれません。すべての不快な感情を消してから前に進む必要はありません。自分の不安を理解しながら、それに支配されるのではなく、それと一緒に前へ進む道を見つけていくことはできます。
サポートをお探しの方へ
SOEL Counselling & Wellnessでは、person-centeredでトラウマインフォームドなアプローチを大切にしています。症状だけでなく、その奥にある人自身を理解することから、意味のあるサポートは始まると考えているからです。
新学期、仕事、日々の暮らしの中で不安が扱いきれないと感じているなら、カウンセリングは、その奥にあるものを一緒に探り、あなたのペースで歩んでいく場になります。
季節性うつ(SAD)について
カナダの日照時間の変化とメンタルヘルス
夏が終わり、日が短くなり始めると、カナダで暮らす多くの人が、冬が来る前からすでに変化を感じ始めます。疲れやすくなる、睡眠のリズムが変わる、外で過ごす時間が減る、やる気が出にくくなる ― こうした変化は、単に寒く暗い季節に体が慣れていく過程であることもあります。ですが人によっては、それ以上の意味を持つことがあります。季節性感情障害(Seasonal Affective Disorder、SAD)と呼ばれる、季節に連動して繰り返し現れるうつの一種です。
この記事では、SADとは何か、いわゆる「冬季うつ」との違い、季節がメンタルヘルスに影響する理由、そして利用できるサポートについてお伝えします。
なぜ日本にいる時とは違う感覚が必要なのか
日本で暮らしていた頃の感覚のまま「冬は誰でも少し気分が沈むもの」「春になれば自然と元気になる」と捉えていると、カナダでの変化に気づきにくいことがあります。日本は緯度の関係で、一年を通じて日照時間の変動が比較的小さい国です。一方カナダ、特に北部や内陸部では、夏と冬で日照時間に大きな差があり、冬には午後4時前後に真っ暗になる地域も珍しくありません。この違いは、単なる「暗い時期が長い」という以上に、体内リズムやメンタルヘルスに与える影響の大きさが異なることを意味します。日本にいた時には経験しなかったレベルの変化が、カナダでは起こり得るのです。
季節性感情障害(SAD)とは
SADは、一年のうち特定の時期にうつのエピソードが起こり、別の季節には回復する、というパターンを持つうつの一種です。最も多いのが「冬型」で(冬季うつ)、秋から初冬にかけて始まり、春から夏にかけて改善していきます。
症状としては、気分の落ち込みが続く、これまで楽しめていたことに興味や喜びを感じられなくなる、エネルギー不足や疲労感、普段より睡眠時間が増える、食欲の変化(特に炭水化物への渇望)、集中力の低下、人との関わりを避けるようになる、などが挙げられます。
臨床的に重要なのは「毎年繰り返されているかどうか」という点です。気分・エネルギー・睡眠・日常生活への支障といった変化が、毎年同じ時期に起きているとしたら、その冬だけを切り離して考えるのではなく、パターンとして捉えることが助けになります。ご自身の症状がSADに当てはまるのか、それとも別の形のうつなのかは、専門家に相談することで見えてくることがあります。
それはSADか、それとも「冬季の気分の落ち込み」か
冬に気分が変化したからといって、必ずしもSADというわけではありません。日が早く暮れてやる気が出にくくなる、雨の夜は家にいたくなる、夏より疲れやすく感じる ― これらは、日照や天気、生活リズムの変化に対する自然な反応であることも多いのです。
SADは、日常生活に支障をきたすほど、臨床的に意味のあるレベルでうつの症状が続く状態を指します。「冬が苦手かどうか」ではなく、次のように自分に問いかけてみることが役立ちます。
「季節が変わるたびに、自分のメンタルヘルスは一貫して変化しているだろうか?」
気分、エネルギー、睡眠、食欲、やる気が、毎年同じ時期に決まって落ち込むようであれば、専門家とこのパターンについて話してみる価値があるかもしれません。
なぜ季節はメンタルヘルスに影響するのか
SADの原因は複雑で、まだ完全には解明されていません。日照時間の減少は重要な要因の一つとされており、体内時計や、気分の調整に関わるその他の生体システムに影響を与えている可能性があります。
ただし、生物学的な要因がすべてではありません。冬になると生活そのものが変わります ― 外で過ごす時間が減り、体を動かす機会が減り、人と会う機会も減り、生活リズムそのものが変化します。また、新学期や仕事の変化など、大きな環境の変化と重なることもあります。さらに、日本から海外に移り住んだ方にとっては、季節の変化がホームシックや文化的な適応の難しさ、慣れ親しんだ人や場所から切り離されているという感覚と結びつくこともあります。
SADは「やる気の問題」ではありません
うつの症状を、意志の弱さだと捉えてしまわないことがとても大切です。エネルギーややる気が出ない時、「どうして動けないんだろう」「周りはちゃんとやっているのに、自分だけどうして」と、つい自分を責めたくなるかもしれません。
けれど、うつそのものが、やる気・集中力・エネルギー・楽しむ力に影響を与えます。つまり、変化を難しくしているまさにその症状が、変化できない自分への自己批判にもつながってしまうのです。「気分の落ち込み → 活動量の低下 → 自己批判 → さらなる引きこもり → さらなる気分の落ち込み」というサイクルが生まれやすくなります。「なぜ自分の力で抜け出せないのか」と責めるよりも、このサイクルに気づくことのほうが、多くの場合助けになります。
治療の選択肢
SADに対するエビデンスに基づいた治療法には、光療法、SADに対応したCBT(認知行動療法)などの心理療法、薬物療法、またはそれらの組み合わせがあり、症状や経過、本人の希望によって適したものは変わってきます。どの方法が自分に合っているかは、医療または心理の専門家と一緒に考えることができます。
季節性のうつの現れ方は、人によって大きく異なります。ある人はエネルギー不足や活動量の低下として、別の人は孤独感や引きこもりとして、また別の人は不安や悲しみ、文化的な孤立感として経験するかもしれません。大切なのは「唯一正しい治療法」を見つけることではなく、自分自身のニーズや価値観、そして自分のペースに合ったアプローチを見つけていくことです。
冬になって辛くなる前に
過去に同じ季節にうつを経験したことがあるなら、症状が重くなるまで待つ必要はありません。秋が近づいてきたこの時期から、自分自身の変化に目を向けてみてください。睡眠はどう変化しているだろうか。エネルギーややる気はどうだろうか。普段楽しんでいる人や活動から、距離を置き始めていないだろうか。
早い段階で気づくことで、変化が大きくなりすぎる前に対応しやすくなります。気分、睡眠、エネルギー、日常生活の中で、季節に連動した繰り返しのパターンに気づいたら、専門家に相談することを考えてみてください。冬が耐えがたくなるまで待つ必要はありません。時には、パターンに気づくこと、そしてそれを一人で抱え込まなくていいと知ることから、すべてが始まります。
サポートをお探しの方へ
SOEL Counselling & Wellnessでは、症状だけでなく、あなたの経験全体を理解することから始める、温かく個別的なアプローチを大切にしています。季節の変化が気分や人間関係、仕事、日々の生活に影響を与えていると感じたら、カウンセリングは、何が起きているのか、そして何が助けになるのかを、あなた自身のペースで探っていく場になります。
オンラインでの臨床カウンセリングは現在、カナダにお住まいの方を対象にご提供しています。ただし、臨床ベースのコーチングは世界中にて可能です。詳しくは、お問い合わせページよりご相談ください。

